すごい会議のための最高の手引書 『この「聞く技術」で道は開ける』

by tanabe on March 02, 2007

すごい会議」を購入した人にはぜひ一度読んでほしい。「すごい会議」の公式副読本はおそらく「すごい考え方」なのだろうけど、この本もぜひ加えてほしい。すごい会議はこの TIME TO THINK をプロジェクトの推進で使うためにフレームワーク化したものだと言えるから。

問題の正しい対処の仕方を知っていて、一人で実践する分にはうまく行くのに、皆にそれをやってもらおうとした途端にうまくいかなかった経験はないだろうか?

たとえばプログラムでもいい。セオリーとしてどのようにすべきか、きっとあなたは知っている。ファウラーのリファクタリングも読んだし、デマルコのデッドラインも読んだ。もちろん達人プログラマーだって読んだし、デザパタ本だって読んでいる。コードコンプリートもライティング ソリッドコードも読んだんだ。楽々ERDレッスンも読んだ。何をすべきかは知っている。

ところが、それを組織でやろうとしたときになぜだかうまくいかない。そして「やっぱり会社や組織の問題かなー」などと考えながら、角谷さんのプレゼンを羨ましげに眺めるんだ。

まぁ、大方の予想のとおり上記はほとんど自分のことなのだけど、同じような体験をされている人は多いと思う。

『この「聞く技術」で道は開ける 一番いい考えを引き出すノウハウ』という本は人を巻き込むためのアプローチを書いた本だ。人は変化することを恐れる傾向がある。これは無知や見識不足が原因ではなくて、もっと精神的な問題だ。だから、それが正しいかどうかに関わらず、あなたがやろうとしていることは支持されにくい。それは今までのやり方を変えることだから。これをいかに克服して変化を起こすのか。この本ではそれを順を追って書いている。

『この「聞く技術」で道は開ける 一番いい考えを引き出すノウハウ』はいかに全員が”考える環境”を作るかということに焦点を絞った本だ。ぼくには”考える環境”というちょっと道徳チックな響きよりも TIME TO THINK というストレートな物言いのほうがわかりやすい。

本の中では TIME TO THINK を互いに実現するために必要なことが書かれている。

  • TIME TO THINK のコンセプト
  • TIME TO THINK に必要なこと
  • TIME TO THINK に必要なことを実現するために何をすればいいのか
  • ケーススタディ
実際、300ページほどの本で書かれているのは一貫してこの TIME TO THINK についての話だけだ。それだけを懇切丁寧に書いているから、何をすべきか、してはいけないかがよく見える。

TIME TO THINK の根底に流れるものを一言で言い表すとしたら、「人は自分で考え答えを出せる、と相手の可能性を徹底的に信じぬく姿勢」だ。 自ら考え導き出した答えは自然とその人をドライブする。だから、自分はそのためのサポートに徹しよう。それが TIME TO THINK の幹になっている。

正しいことを決めてそれを発表、実行させる「御上の通達方式」はある種楽な方法だ。「正しいこと」を脳みそに汗かき考え抜く過程はしんどいが、あとは実行されなきゃ「他人が無能だった(方向性は正しかったのに!)」と言い張ればいい。まして、その考え抜く過程を手抜きして省いてしまえば、こんなに楽な方法はない。「○○が正しい(はずだ!)」という仮説を立てた時点で検証をせずに思い込みで突っ走るんだ。

でも、この方式はそれほど効果を生んでないように見える。そりゃ、皆他人から言われただけのことをやるのに120%、200%の力を出そうとはしないもの。

一方で、この本で語られる TIME TO THINK 方式は組織を動かす方法として、とても興味深い。自分で考え自分でやることを決める。誰のせいにもできない。末端のレベルでのアクションプランへコミットメントを得る方法としては、非常に効果的だ。

でも、コントロールできる立場の人にとってこんなにしんどい方法もないと思う。誰だって答えを出す力があるのと同様に、当然コントロールする立場の人だって、自分の正しいと思う答えを持っている。そしてそんな立場の人はたいてい経験もあるし自負もあって、「自分は正しい答えを知っている」という思いはきっと誰より強い。つい「御上の通達方式」へ流れたくなる。

TIME TO THINK 方式は、そんなコントロールする立場の人に我慢を強いる。ひたすら我慢を強いる。答えは相手の中から出てこないと意味がない。仮に同じ結論にたどり着くとしても、相手の中から答えが生まれるというプロセスこそがその人を動かす原動力になる。

だから、待つ。課題に対して、必要条件を満たす答えが見つかるまでとことん待つ。出てきた答えが必要条件を満たすなら、たとえ自分が知っているセオリーどおりの答えでなくても本人の中から生まれた答えを優先する。

言葉で言うのは簡単だけど、これを実行するにはとんでもない忍耐力がいると思う。有能な人ほどそうだろう。それでも一人でできない仕事をやり遂げるには知っておいて損のない考え方だ。

本書を読み終えても、一つ大きな課題がある。セオリーへの誘導はまったくすべきでないのか?

ここから先は完全に私見だが、自分で答えを出す過程では誘導すべきでないと思う。相手の人は馬鹿じゃない。たぶん誘導されたことに気づいてしまう。そのような子供扱いはすべきじゃない。

セオリーは事前に提示する。他の人が考え出したら、誘導するような真似はしない。そのセオリーが本当に力を持っていれば、きっと皆が出す答えの中にも何かしらの形を残すだろう。セオリーの提示のやり方は、「すごい会議」で語られた真実の提示の手段というのが有効かもしれない。ハワード・ゴールドマンが大橋禅太郎さんたちに対して洞察を与えるときに取ったやり方だ。質問をし、答えを言ってもらい、最後により深い洞察を持った意見を提示する。

TIME TO THINK は一緒に働く人全員を答えを出す力のあるパートナーとして尊重し、可能性を信じる。そして、その考える過程を通じて全員が課題を克服していくことにコミットしていく。精神的なところを大事にしつつも単なる理想論に終わらず、非常に実践的なマネジメント手法になっていて興味深い。

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