つくづく佐藤優は日本屈指の語り部だと思う。10行も読めば新しい情報が書かれている。内容のある文章の比率が非常に高い。濃い。次から次へと文学、歴史、自分の体験からの引用が出てくる。
言っていることが正しいかどうかは好き好き、価値観の問題となる部分もあるが、間違いなく今最高に知性と教養のある話をできる人の一人だ。
そして、ビジネスをする人間にとってもプロフェッショナリズムとは何かを学ぶ飛び切り上等の教材である。
例えば、こんな話がある。「国家の罠」を読んだ人にはお馴染みの東郷氏に関する言及である。
要するに東郷さんは精神も行動様式も「貴族」なのであって、金や人事に固執せずに、自らが国益と信じる価値を実現するためには、私のようなノンキャリアの若手官僚も活用するし、歴代総理や鈴木宗雄さんの前で平気で土下座することができる。本質的なところでの矜持があるから、小さなプライドを捨てることができたのだと思うのです。(P28)
さらにこんな文もある。
対中外交については、総理が靖国参拝を行った場合、中国がどのような反応をするか、想定され得る最悪の状況を含むきちんとしたシミュレーションを行って総理に伝えることを怠った。漏れ伝え聞くところでは、一部の外務省幹部は「小泉総理は嫌な話を聞く耳を持たない。怖くて伝えられない」などという無責任な発言をしている。嫌がられても、怖くても職業的良心に従って、専門家としての見解を伝えることが官僚の本義なんです。(P72)
プロフェッショナルの取るべき態度という抽象的な哲学を伝えるのにも具体的な例を挙げて実に上手く説明をしている。
以下、見識が優れていることはもちろん、類稀な話上手の技を引用しておく。
(靖国について) 近代国民国家が存在する限り、戦没者の顕彰の問題は残るのであって、要はそれを排外主義と(ショービニズム)のシンボルにしないことなんです。日本の愛国主義、正統なナショナリズムは排外主義とは縁がない。この伝統を維持することです。(P61-62)
ロシア人、イスラエル人は、過去の戦争について自己中心的な「物語」を作っている。同時に彼らはそれが「物語」で、他民族が別の「物語」を作っていることを理解しているんです。だから靖国神社に対して特段の抵抗はないんですよ。(P70-71)
ロシア人は、誤報(misinformation)として処理されるような情報操作(disiformation)は、情報操作としては三流以下と考えるんです。一級の情報操作とは、事実関係については確かで、事実の一面を強調し、それにある種の評価を加えることにより、結果として、情報操作を行う側に有利になり、利害関係が対立する側に不利になるコミュニケーション体系が確立することです。(P137)
一九九一年夏にゴルバチョフ大統領を一時失脚させたクーデター未遂事件の時、首謀者のソ連共産党守旧派の幹部連中というのは、とんでもない連中だというイメージが日本ではあるんですけれども、私は周辺で見ていて、国家に対してはすごくまじめな連中だった。彼らはゴルバチョフ路線でそのままいったらソ連はなくなってしまうと見通していた。確かにそうだったんですよ。ペレストロイカ(再編)というのはソ連国家を強化するためでしょう。社会主義を放棄するためではないと。
ところが主権ソビエト共和国連邦なんて形で社会主義を外した形の連邦条約を作ったら、ソ連国家はなくなるという危機感にかられて彼らは決起したんです。自分たちのやったことはぜんぜん悪いと思ってないんですよ。だから謝らない。エリツィン元ロシア大統領が「ごめんなさいと言ったら許してやる」と共産党幹部たちに言ったら、ペッといって全然謝らない。ところが頭を下げたこともあるんです。タイピストとか運転手とか共産党にいたでしょう。彼らは政治と関係ないから再就職させてやってくれと、それで頭を下げたんです。(P139)
領土問題については国際社会に「ゲームのルール」があります。わが方が実効支配をしてる場合には領土問題と認めないことなんです。領土問題と認めたら、それはその領土を手放す第一歩になるんです。そういうルールなんです。しかし、向こうが実効支配してるものは「領土問題である」といって拳を振り上げる。どの国もそういうやり方をするんです。ですからそのルールブック通りにやればいいんですよ。国際スタンダードでは、向こうが係争問題と言っていてもこちらが実効支配している以上はこれは問題だとか、いろんなキツい言い方をされても、それは聞く必要はないんです。
ですから、中国は存在しない尖閣問題に対して大騒ぎをすることによって日本が領土問題と認知したところでシメシメということなんですよ。要するにタチの悪いテキヤさんがそこの縁日を全部とりたいときに、最初から「全部よこせ」とは言わないわけです。「ちょっと椅子を一つ置かしてください」と言うわけですよ。椅子を一つ置かしたらその後ぐーっと入ってくる。それが領土問題として認知させることなんですよ。(P146)