「こちら側」と「あちら側」考

by tanabe on January 12, 2005

梅田望夫氏の「My Life Between Silicon Valley and Japan」のエントリから。

ここ一、二年、「IT産業における日米の関心が明らかに違う方向を向いたな」と感ずることが多くなったのだが、それは、日本が「こちら側」に、米国が「あちら側」に没頭しているからなのである。これを現象面でだけとらえれば、日本と米国が独自の特色を生かして棲み分けているわけで、悪いことではないようにも見える。しかし事の本質はそう簡単ではない。「こちら側」と「あちら側」が、いずれ付加価値を奪い合うことになるからである。

インターネットとパソコン(あるいは「こちら側」のモノ)がつながって、私たちが某(なにがし)かの利便性を感ずるとき、その利便性を実現している主体が「こちら側」のモノなのか、それとも「あちら側」からインターネットを介して提供されてくる情報やサービスなのかということを、消費者の多くはあまり意識しないものだ。しかし、ここがこれからの付加価値争奪戦の戦場になるのである。


さらについていたコメントのYOSHIKAZEさんの言から。

ITには、情報の「ための」技術と、情報「そのもの」に対する技術があるというのが持論ですが、情報そのものの概念がぼやけている日本では、ための技術ばかりが取り上げられており、米国で起こっている情報そのものに対する技術が全く見えていないのではないでしょうか?

関連で、フォーサイトの梅田氏の連載「シリコンバレーからの手紙」からも。(シリコンバレーからの手紙 99から)

元マイクロソフト日本法人社長・成毛眞さんの本誌連載「遊んで暮らそう」をいつも楽しく読んでいるのだが、前号でこんな指摘があった。
「インターネットといえば、いま話題の『楽天』や『ライブドア』はニュースのなかでIT企業として紹介されることが多い。IT産業とインターネット産業の区別がない。(中略)本来は情報技術をつくりだす会社と、それを使ってビジネスをする会社に分類されるべきだと思う。それが面倒なら運送業も自動車産業と呼ぶべきだ」

インターネット企業が「ITを使ってビジネスをする会社」といういわば「誰でもアイデアさえあれば起業できる」代物だと規定されてしまえば、シリコンバレーの競争優位はなくなってしまう。
 しかしグーグルはその常識を打ち破り、「情報技術をつくりだす会社」でありつつ「それを使ってビジネスをする会社」として、圧倒的な存在感を示し始めた。

英語で読むITトレンドの過去ログにも同種の話。

連載1周年:日本にとって米国のIT産業は絶対ではなくなった?

要旨は、日本はインターネットの「こちら側」に、米国はインターネットの「あちら側」にイノベーションを起こそうとしている、そこが日米の違いの本質ではないかということ。「こちら側」とは、インターネットの利用者、つまり我々一人一人に密着したフィジカルな世界。「あちら側」とは、Googleに代表されるような、インターネット空間に浮かぶ巨大な「情報発電所」とも言うべき、大規模コンピューティング設備のことである。

Googleのe-mailサービス参入の意味

読者の中で「自分のPCに蓄積してある情報の検索にはべらぼうな時間がかかるのに、どうしてグーグルは世界中のウェブサイト全部を探すにもかかわらず、あんなに速いのか」という素朴な疑問を持ったことがある方はいないだろうか。PCの検索機能は「こちら側」に置いた情報を「こちら側」で処理するものだが、遅くてたまらない。しかしグーグルの場合は、「あちら側」に置かれた情報を「あちら側」に作った「情報発電所」で処理することで、圧倒的な高性能を出している。NC当時とは全くの逆転。これが1995年と2004年の差、つまり足掛け10年かけて変化した現実なのである。

もしこれから多くのユーザが、自分の情報を「こちら側」に置かずに「あちら側」におくほうが色々な意味で良いと確信すれば、産業全体における情報の重心は移行していく。NC構想当時は「ネットの高速化」だけが議論の背景にあったが、今は「あちら側」にある「情報発電所」の処理能力やセキュリティ面での優劣も考慮に入れ、情報の重心についての議論がさらに深化している。」

「あちら側」の”情報そのもの”というものの持つ圧倒的な威力という文脈は理解した上で、あえて「こちら側」についてもう少し考えてみます。

「こちら側」であるPCの重要性は確かに薄れていきそうです。最終的には、inputとoutputのインタフェースを扱うためのドライバ的な役割と、インターネットを利用するためのブラウザの役割程度しか「こちら側」には残らないのかもしれません。そうなると、もはや現状のPCのような形態に拘る必要性も薄くなります。

その辺りの未来図のギャップが、日米のリビングPCへの取り組み方へも現れているのかもしれません。あくまでPCありきの未来を描く日本では、リビングPCはPC自体が何らかのインセンティブを持っている必要があります。そうして、AV機器との折衷案のようなリビングPCが生まれてきます。情報の持つ力を重視するアメリカは、リビングPCに求めるのはより気楽な情報へのアクセス環境です。そうすると、よりリビングで気軽に使えて、生活に密着できるリビングPCというコンセプトにつながるわけです。

ただし、「こちら側」での日本企業の活躍を期待している分野があります。

リビングPCという「こちら側」に対して、日本がアドバンテージを持つことが期待できる「こちら側」。それは、携帯電話に代表される軽量・モバイルな「こちら側」像です。携帯メーカーの持つノウハウ、技術力はもちろん、株式会社ACCESSのような比較的新興の企業もあります。私はこの業界にこそ、「あちら側」への意識を強くもった取り組みを期待します。