高速道路は結局何なのか?

by tanabe on December 28, 2004

昨日は、「高速道路」の件を考える際に、「経験は貴重だ」という先入観は捨てるべきだという話を書いたが、そういえばここで「高速道路」そのものの話を書いていなかったので、現在の私なりの理解を書いておく。考えるきっかけをくれたのは、昨日に続き梅田氏の「インターネットの普及がもたらした学習の高速道路と大渋滞

文字がもたらした情報の時間的な拡がり

人類の発展の大きな要因は言語だという。しかも、文字として残すことが可能になった時点から急激な発展を遂げたという。なぜなら、文字として記録することが、情報の長期保存を可能としたからだ。それまでは一人一人が人生の中で少しずつ得てきていた知恵を、累積することが可能になったのだ。文字の発明は人類に情報の時間的な拡がりをもたらしたと言える。

インターネットは何をもたらしたのか?

インターネットの提供したのは空間的な拡がりだ。人々は居ながらにして、世界中へのアクセス手段を手に入れた。これは副次的なメリットとして、圧倒的な情報更新の頻度を生み出した。世界中の人々が一つの情報にアクセスできるようになったため、以前からは比較にならないスピードで情報が進化するようになった。

情報への時間的・空間的なアクセス効率の良さが高速道路を生み出した

こうして時間的・空間的に有史以来最大のスケールメリットを享受している状態が高速道路の実体なのではないだろうか。つまり、圧倒的な情報伝達の効率化によってこれまで時間をかけて伝えていた情報量を短期間に伝達することができるようになった。それによって、本質的な部分まで咀嚼されて流通している知識に関しては身に付けることが容易になった。その意味では、この高速道路はインターネットの利用をすることで誰でも乗車可能なものなのだ。

高速道路は特殊な人に許されたバイパスではなく、共通のインフラとなる

つまり、私は高速道路の乗り方に慣れとしての巧拙はあれ、今後は誰しもが高速道路の利用者となる時代になると予想している。20代と40代の人が同じ情報を追い掛ける必要はない。各々がそれぞれの必要に応じて追うべき情報を高速乗車で追い掛けることになるだろう。文字を読み書きすることが当然であるように、インターネットという高速道路を使った情報へのアクセスは当然のものとなるだろう。早くその現実を受け入れること、そして体験を積むことを通して読み書きに慣れることだ。これはPC世代の感性の話とは決定的に違い、見える人にだけ見えるという霊感然のものではなく、誰もに平等に与えられたチャンスなのである。

 

なんとなく尤もらしいようにも聞こえるのだけれど、まだまだ自分の中でしっくりと来ない箇所が多くある。特に「渋滞」との関係。ベストプラクティスを真似ようとしても形式だけになってしまい、結局は結果の残せない企業などを思い浮かべると、なんとなく同様の力が働いているような気も感覚的にはするのだけれど、まとめて書けるほど頭の中で整理されていない。もう少し形が見えてきたら、改めて書きたいと思う。あ、あと結局のところ、エンジニアの価値はどうなったのか、についても。